なぜ活動を立ち上げたのか?

放課後キャンパスクラブのロゴ

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皆さん初めまして、放課後キャンパスクラブ代表の只野と申します。発達に障害を持った子どもが放課後に通ってくる施設で働いている会社員です。約6年前にボランティア団体を作り、地域活動を続けてきました。この度『放課後キャンパスクラブ』という活動を立ち上げるにあたって、どのような思いでこの居場所づくりを始めたのかをお話しさせてください。前身はダイコンこども食堂という共食から広がる居場所づくり活動で、2015年10月5日に春日町南地区区民館で始まりました。

放課後の過ごし方が単純な時間になっている

子ども食堂を始めたキッカケは子どもの貧困問題を知ったからです。当時は6人に1人の子どもが貧困状態であると言われていました。そして、実際に活動を始めたからこそ、地域にある問題も見えてきました。さらに、それらは複雑に絡み合っていて、問題を解決するための決定打みたいなものがないということは、何となく肌感覚としてわかりました。そんな活動の中で発達障害の子どもに出会いました。お恥ずかしい話ですが、発達に障害を持った子どもが増えていることを知りませんでした。通常学級の他に、特別な支援を受けられる学級が設置されていることも初めて知りました。のちに、発達に障害を持った子どもたちが、放課後に通ってくる施設を運営している会社へ転職することになるのです。

 そう、放課後の過ごし方に関心があり、一番心配していることは「子どもの放課後の過ごし方が単純な時間になっていること」です。子どもたちの放課後の過ごし方はさまざまで、学童やその他の預け先がないから習い事が預かり所となっていることもあり、今の子どもたちは習い事通いで疲弊しています。それは、大人の仕事のように毎日やることが決まっていて、予定をこなすだけの単純な時間になっていることを危惧しています。それは親から与えられたものだけで「もっと子どもたちが主体的に心がワクワクする経験をしてほしい」そんな風に考えるようになりました。また、大声を出すことやボール遊びを禁止する公園が増えていて、子どもたちが自由に過ごせる場所もなくなっているのです。

 さらに、障害を持った子どもたちに対しては、その思いはより強いものとなります。発達に障害がある子どもたちの居場所は単一であるからです。放課後の居場所は自宅か放課後等デイサービスしかありません。そこで体験できることも、ごくわずかです。だから、いわゆる普通の子どもと比べると、得られる機会は圧倒的に少ないと感じています。

健常児と障害児がともに過ごす機会が分断されている

子どもたちの過ごす環境が分断されています。学校の教育現場では『特別支援教育』という教育制度があります。例えば、小学校では普通の子どもが通う通常学級、障害のある子どもが通う通級・特別支援学級・特別支援学校に分かれています。大きな括りで言うと、普通の子どもと障害のある子どもで分けられています。

 課外活動で子どもたちと外出することもあるのですが、公共の場では大声を出さないなど、その場に適した行動をすることが難しいので、周りからは冷たい視線を感じることも少なくない。少しでも発達障害に対する理解があれば、そのような冷たい視線を感じることも無くなるのではないでしょうか。大人のみならず子どもたちにも障害児を馬鹿にする姿が見られる。悲しいことですが、でもその子どもが悪いわけではありません。だから、幼少期から《同じ属性の人だけで集まる》ことが、いじめや差別につながる原因のひとつであると考えています。わからないモノ・コトを知る機会を奪っているから「知らない、わからない」を怖がるのです。障害があるなしに関わらず、同じ教室で過ごし学べる環境を望んでいます。

 また、私たちは「人に迷惑をかけてはいけない」と子どもの頃から教えられ育ちました。でも、なんか息苦しさを感じたりもします。「助けて」と言えないような雰囲気に。そして、助けを求められなかったがために失われた命もあります。「助けて」と言えることも大事だし、そんな寛容な社会が望ましい。よくある話で、インドでは「おまえは人に迷惑をかけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」と教わるそうです。発達障害の理解が広がり、困っている人に手を差し伸べるには、人と人との触れ合える機会が必要です。

 しかしながら、健常児と障害児を分けたほうが制度上の便宜もあるし、手厚い支援が受けられるという意見もあるでしょう。それでも、いろんな人が子どもに関わる方が、豊かな心とからだを育めると思っています。誰かに助けてもらった経験は一生涯の財産となり、そして自分も誰かの助けになりたいと、優しさを持ってくれるはず。多様性とは、そういうことではないでしょうか。

すべての子どもにワクワクできる体験を

学校の制度を嘆いているだけではなく、すべての子どもに平等の機会を提供したいと考えました。子ども食堂を始めたキッカケは「子どもの貧困問題を知ったから」と前述した通りで「お金の問題」だと推測していました。しかし、実際に活動を始めてみると、その考えが間違っていることに気付きました。その時の私は「お金がないから食べることに困っている」「お金がないからディズニーランドに連れて行ってもらえない」と考えていました。だけど、活動を通じていろんな人と会話を重ねることにより、それは間違いであったと気付くことになります。

 当たり前の話かもしれませんが、やっぱり子どもは親に依存せざるを得ない。どういうことか、例えば、親が《食》に興味がなければ、その子どもがレストランで食事をする機会はありません。また、親が《遊園地》に興味がなければ、その子どもがディズニーランドで遊ぶ機会もないでしょう。つまり、お金の問題が原因ではなく「親自身が今までに過ごした体験が重要なのではないか」と考えるようになりました。この連鎖は断ち切らなければならない。だから、すべての子どもにワクワクできる体験をさせられる活動を始めようと決意したのです。どのような子どもでも安心して通える場であり、好きなことに熱中できる場所でありたい。

放課後キャンパスクラブ

「放課後キャンパスクラブ」という活動は、障害のあるなしで分けられている子どもの放課後を、ひとつにつなげる架け橋となる居場所づくりを目指しています。すべての子どもがワクワクする体験を平等に、かつ地域の人たちの支えにより公正な機会を届けていきます。その居場所づくりのゴールは学校内に作ること。

 それには、まず放課後の時間から誰もが安心して過ごすことができる居場所を作りたいと考えました。その場所は、自分の気持ちを大事にして、好きなことをやりたいように自由に過ごすことができる。お父さんやお母さんの帰りが遅い子どもは、ゆっくり夕食をたべたっていい。シングルマザーのご家庭なら、たまには大人数で食べる夕食もにぎやかで楽しいでしょう。地域の人たちにはその場所を支える担い手になってほしい。いろんな立場の人が何ものでもない人間関係で地域とつながり支え合う。そんな自由が存在する居場所づくりを目指しています。